HOME >> 生産者情報 >> レ・ヴィニュロン・パリジャン(フランス/パリ3区) 
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パリ3区で醸造
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都会のミニチュア醸造所
“ミクロ・ワイナリー”
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パリジャンが立ち上げ
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ブドウ畑について
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醸造について
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オン・リスト・レストラン
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パリジャンの反応は?
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メディアが注目
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レ・ヴィニュロン・パリジャン
メッセージ(YouTube)


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商品ラインナップ

*新聞やテレビが注目*


『ラ・ルヴュ・デュ・ヴァン・ド・フランス』に掲載(2017年7-8月号)

  ブラインドで,ヴィニュロン・パリジャンのキュヴェ“テュルビゴ”が話題をかっさらう


フランスの都心の3つのカーヴのワインを試飲した。ワイナリー・パリジャン、レ・ヴィニュロン・パリジャン、ミクロコスモだ。中でも、一線を画すのが、レ・ヴィニュロン・パリジャンだ。輝かしいキュヴェ“テュルビゴ”はサンソーで、食欲をそそるワイン。胡椒や繊細な果実のノート。絹のようなタンニンが感じられる。コスト・パフォーマンスが高い(15.5/20点)。白ワインで、ク・ド・クールは“アン 508”。グルナッシュ・ブランがカモミールや白い花を連想させる。口内は丸みがあり心地よく、非常に調和が取れている(14.5/20点)。

フランスの日刊紙、『リベラシオン紙』に掲載(2017年6月24-25日付)

  パリ、糧をもたらす街
    ワイン、ハチミツ、モッツァレッラ... 新しい世代のパリの生産者が地元に貢献。
ガラス越しに、屋根の上で、通りの裏で、技量を発揮

パリ産のキノコやハムは知っていたが、ハチミツやイチゴ、ブッラータ(モッツァレッラでとろとろの濃厚半生モッツァレッラを包んだ、プーリア発祥の個性派チーズ))はあまり知らない。2-3年前から、パリには地内で造られた食品が増えており、テロワールを持つようになった。最初のアイディアは、ムーリスのシェフ、ヤニック・アレノが2008年に始めたもので、証券取引所と相互会社が立ち並ぶエリアに、彼のビストロ、テロワール・パリジャンを開業した。この星付きシェフは、アルジャントゥイ産のアスパラガス、ポントワーズのキャベツ、モントゥルイの桃の復活を目指した。この店は最近閉店したが、2018年に再びパリ、そして香港で開業する予定だ。

マーケティング戦略は野心的な若者の間に伝染し、パリのポテンシャルを開拓している。レ・ヴィニュロン・パリジャン、オタンタ、ル・ミエル・ド・パリ、アエロマートの4組が最近の主流。共通しているのは、パリ中心に技術を持ち込み、自分たちの手で地元固有のものを生産するという点だ。

「アレノは、ブドウが地元産でなくても、ここパリで価値が加えられたということを理解してくれた、最初の顧客の1人でした。ほぼすべてにパリのテロワール,創造性が反映されているということです。」と、ヴィニュロン・パリジャンの当主マチュー・ボセは語る。(中略)

「私たちは、アレノやピエージュでもなければデュカスでもない。パリ産のマーケティングの効果には限界がある。もし私たちのワインが美味しくなければ、パリで造られようがいまいが、受け入れられないからだ」と語る。
フランスのテレビ局の1つ、
Metropole Television M6(メトロポル・テレヴィジョン・エムシス)で紹介(2016年10月22日放映)

 “フランス都会の醸造所”として取材を受けた。


以下、放映された内容の抜粋:
ワイン生産といえば、ボルドーやブルゴーニュのようにブドウの生産地で醸造を行うと真っ先に思うが、実は都心でもワインを造っている人がいる。これは“ミクロ・ワイナリー”と呼ばれている。50年代にニューヨークで誕生し、フランスではパリとマルセイユに存在し、教育的な役割も担っている。
ローヌのワイナリーで収穫が行われている。しかしこのブドウはこの地方ではワインにならない。100キロ以上離れたここ、パリのマチュー・ボセの醸造所まで運ばれる。
「パリでブドウが圧搾されたのは歴史的にみても初めての試み。喜ばしい。」とマチュー。既に都会の人の心を惹き付けているようだ。「ワインに興味を持つ人は沢山いますが、畑まで足を運ぶパリジャンは多くありません。ここでは醸造を身近に感じてもらうことができます」。
ミクロ・ワイナリーのブームはフランスでも広がっている。マルセイユのミクロ・ワイナリー(ミクロコスモ)では年間100,000本を生産。都会のワインは平均約15ユーロで販売されている。

 

フランスの日刊紙、『ル・パリジャン』に掲載
(2016年9月22日付)

  「パリの中心でワイン造り」Bercy ベルシの醸造所が閉鎖されてから50年後,
レ・ヴィニュロン・パリジャンが、Les Halles レ・アールの真ん中に登場

首都パリでは屋上でイチゴを作るし、ワインだって造る。貴重なボトルが高値で売られているのはモンマルトルだけではない。アールの中心で、レ・ヴィニュロン・パリジャンが頭角を現した。ベルシのカーヴが閉まってから50年経って、パリにワイン醸造の伝統が復活した。

ビオディナミで造られたブドウが、昨日の朝、ヴォークリューズから直接テュルビゴ通り(3区)にある醸造所に届けられた。「火曜日に摘んだシラーの房が冷蔵トラックのパレットで運ばれた。果実のアロマを保つため、前発酵段階を低温で輸送中に行った」と、醸造家で工程を監修するフレデリック・デュセイニュールは詳細を語った。リラックとシャトーヌフ・デュ・パプで元々ワインを造っていた彼は、「果柄と果皮を分け、醸造タンクにマールを入れ、3週間してからバリックで11ヶ月熟成する。瓶詰めもパリで行われる」と説明してくれた。

今年は25,000本を生産。

「このワインは非常にナチュラルなワインに近い。何かを混ぜることはないし、亜硫酸塩の添加は非常に少ない」とビオディナミ専門のコンサルタントは強調する。先週グルナッシュ・ブランが醸造された。「多くのパリジャンはワインに興味はあるが、ブドウ畑まで旅行には行かない。私のアイディアは、家から2駅先でどのようにワインが造られるかを見せることだった」と、2015年1月にこのプロジェクトを始めたマチュー・ボセは説明する。

現在パリにちなんだ名前を持つ5つのキュヴェが販売されている。“リュテス”(ヴィオニエ、グルナッシュ・ブラン、ルーサンヌ)、“テュルビゴ”(サンソー100%)は3月に瓶詰めされた。その他、“オスマン”(シラー100%)、“レ・タンプリエ”(グルナッシュ100%)、クロヴィスがパリを首都にした年を記念として名付けられた“アン508”(グルナッシュ・ブラン100%)。昨年は19,000本を生産、今年は25,000本を生産予定。

ワインは醸造所やボン・マルシェ(老舗百貨店)で販売されている。またパリのレストランでは、Nil ニル通り(2区)のLe Frenchie ル・フレンチー、Pavillon Ledoyen パヴィヨン・ルドワイヤン(8区)のバー、Bon Saint-Poursaint ボン・サン・プルサン(6区)でオン・リスト。醸造所では醸造見学や試飲会も開催している。
*記事全容はこちらまで。
“ル・パリジャン”のワイン専門マガジン、
  ミクロ・ワイナリー:フランスに来た新しいトレンド!



ミクロ・ワイナリーはどのようにして広まったのか?
そもそものきっかけは2008年のブルックリン、ニューヨーク。最初のミクロ・ワイナリーが世界的なこの街にオープンした。その名前は?Red Hook Winery。Mark Snyderが2人の友人と設立した。出だしは苦労したが、結果的に賑わっている。アメリカの流行りは世界を制覇し、徐々に真面目なものになっていった。最初の波はアジアに訪れ、香港で2010年にミクロ・ワイナリーが誕生した。多くの支持者が自分たちの街でもビジネスを展開し始め、どんどん増えていった。また、2010年にロシアの黒海周辺でも、ワイン愛好家のAlexey Tolstoyがミクロ・ワイナリーを設立した!
フランスでの第一歩は、マルセイユだった。2012年の初めにMicrocosmosがオープンし、新しい流れの出発となった。続いて2013年にロンドンでLondon Cruというヨーロッパでは最も有名なミクロ・ワイナリーができた。この現象は次第に広がり、パリでは2015年に2つの醸造所がオープンした。ワイナリー・パリジェンヌとレ・ヴィニュロン・パリジャンだ。

都会でとのようにワインを造るのか?
自分の畑を所有し、醸造はどこか別の醸造所で行うか、もしくは逆にブドウを農家から購入し、ブドウの品質を保ったまま街の醸造所まで運ぶ。それから瓶詰めまで全ての工程をミクロ・ワイナリーで行っている。

なぜミクロ・ワイナリーが流行るのか?
今日、私達はどこで造られたものかに執着する傾向にある。ワインツーリズムも増えている。“アーバン・ワイナリー”は、私たちに醸造の世界とのつながりを提供し、そこで行われている仕事を見て理解し、造り手とつながりを持つ機会を与えてくれる。それを今は自宅から徒歩圏内で体験できるのだから、これは革命だ! 大都会の暮らしは醸造家の暮らしとは比較できないが、醸造中のブドウを気軽に見に行くことができるようになった。
ワインは飲む人のために造られる。ミクロ・ワイナリーは、多くの人がワインを消費する場所に位置している。従って、ミクロ・ワイナリーは今日のワイン醸造の世界、そして未来においても重要な役割を担っている。ニューヨーク、ロンドン、また50年前に閉鎖されたパリのベルシの後に誕生したパリのミクロ・ワイナリーは、ただ一時の流行に終わらず、マーケットで多くの機会をつかむ本物のビジネスだ。

名立たるレストランでソムリエを歴任、
ヴィニュロン・パリジャンで開講されるセミナー講師も務める


(以下,20016年11月のブログより抜粋)
「ブドウはローヌ渓谷に由来しているので、もちろん100%パリのワインというわけではない。しかし、率直に言ってワインの品質は保証されていると確信した。実際、私がカーヴにいた1時間の内に、老若男女、何人ものお客さんがワインを購入して行った。彼らは既にワインを試飲しており、虜になった人たちだ。
私は数日前に、“リュテス2015”をブラインド・テイスティングに選んで顧客に提供したところ、エチケットを見て非常に驚かれた。大半の人が南の白だと当てたが、そのフレッシュさに驚き、非常に美味しいと言っていた。 多くのワイン専門家やレストラン、ソムリエでさえ、このプロジェクトに賛同し、虜になっている。美味しくて、かつ驚きがあるワインを探している者にとって、ヴィニュロン・パリジャンのワインは期待できるものだろう。」

(以下,20016年6月28日のブログより抜粋)
「マチュー・ボセの頭で芽生えたアイディアから始まった。パリを美味しいワインでいっぱいにしよう、質の良いワインでしかもパリの街のイメージを持つワイン。パリやパリ郊外で畑を確保するのは難しく、その質に至っては・・・ここで話すのはやめよう。マチューは3人の冒険家と組んだ。・・・ヴァンサンが地下のカーヴでバリックやタンク、瓶詰などの説明をしてくれる。ブドウはパリのものではないが、収穫以外の全てのステップはここ、テュルビゴ通りで行われる。ブドウは収穫後パリまで冷蔵トラックで運ばれる。
パリのワイン専門家は早くもこのプロジェクトに興味を持っているようだ。ワインリストに定評のあるレストランやブラスリーが、すぐに自分たちの店にオンリストした。
“リュテス”と“テュルビゴ”の2アイテムを試飲したが、クオリティーが高く非常に気に入った。白も赤も無駄な飾り気がない。はっきりとした輪郭があり、たっぷりとしたストラクチャーが感じられる。フィニッシュはフレッシュで活き活きとしていて、調和が取れている。間違いなく未来があるワイン。」

(※)エマニュアル・デルマス:1995年から2010年まで、ギィ・サヴォワやラ・トゥール・ダルジャン、アラン・デュカス・オ・ プラザ・アテネ、ラセール、フーケとグランド・メゾンでのソムリエを歴任。2012年にはテイスティングに関する著書("Vins-Lecons de degustation")を発刊。ブログも好評を博している。現在は、すべての人にワインを親しみやすくすることを信条として、ワインのコンサルタントと教育面で活躍している。(Sopexa Japon発行メールマガジンより抜粋)

Vivre Paris ヴィヴル・パリに掲載(2016年4月)


首都のど真ん中でワインを造る。突拍子もないアイディアだろうか?これはマチュー・ボセの大きな賭けだ。3人の仲間とレ・ヴィニュロン・パリジャンを立ち上げた。ミクロ・ブラスリーの発展を目にして、ネゴシアン兼販売員のマチューはオー・マレ地区で醸造所をオープンすることを思い着いた:「高品質のワインを品の良いボトルで造るために」。

ベルシの倉庫が閉鎖して以来、パリで初めての醸造所だ。ローヌでビオディナミにより造られたブドウを選果してからパリに運ぶ。パリで圧搾、発酵、醸造、瓶詰めを行う。赤3、白2アイテムの全5アイテムが、10月までにリリースされる。内2アイテムは、既に4月始めのオープンを待っている。「パリジャンは、どのようにワインが造られるかを、メトロに乗るだけで知ることができる」とマチューは強調する。テイスティング・クラスでは、「それぞれの味わいは、ワイン造りの全ての工程を理解することで、より具体的なイメージと結びつく」と話す。同じブドウから2種類の方法で造られるワイン(ドメーヌで直接造られたものと、パリで造られたもの)を毎月紹介している。ヴィニュロンの仕事をより理解するための良い機会だ。

パリのミクロ・ワイナリー“レ・ヴィニュロン・パリジャン”メッセージ(2017年10月)


レ・ヴィニュロン・パリジャンから,日本向けメッセージが届きました。


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